本質につながって生きる

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へーほーはーふ~ん

ナショナルジオグラフィックのサイトに面白い動画がいっぱいあった。

例えば「ムダンへの道」韓国の巫女信仰では病になった若い女性が先輩のムダンについて、刃の上で踊る儀式をしたり、プーケット島での男性が神にのりうつられて、体に串を刺したり、背中を刀で傷つけたりしながら、町の災難をよけていくというような不思議なお祭りの動画だった。巫女になる女性や神に乗り移られる男性というのは、なんでも原因不明の病気がきっかけで、夢などで自分の進むべき道が示された。
 巫女に乗り移ったり、若い男性に乗り移ったりするのはいったいどういう存在なんだろう?

 刃物の上で踊っても、体に串を刺されても痛くもないような様子をしているのが不思議だった。
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by whitefullmoon | 2009-02-27 22:09 | Comments(0)
 先日うっかり心の中の地雷に触れられてしまった。まさかねーそんなところに地雷があったなんてーっていう感じで、爆発後の処理がまだまだの状況です。触れられた方は一見大怪我はなさっていなさそうにも見えますがそれはどうかわかりません。
 それで、最近感じていることは心は深くて暗くてどこまでも見通せない、なんていうか深海みたいなものだ。ということです。人間は自分ひとりの心(意識)すらなんらわかっていないということです。なんの夢かわからないけれど、確かに夢を見て朝起きたときにふと、現実では全然思いもつかなかったような感情や意識に心が支配されていた名残を感じてなんとなく変な感覚でいることもあります。自分の意識の中奥あたりくらいから浮かび上がってきたものなんでしょうが
 その心の奥の奥の奥まで探っていったとき底にあるものはいったい何なのだろう?ということを思います。個々人の意識も奥というか底では繋がっている。といいますが、自分の心の奥深くを探っていくと他の人の心の奥底に繋がっていることに気づくこともあるものなのでしょうか?
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by whitefullmoon | 2009-02-25 22:34 | Comments(2)

自分の心の中が

 よく分かる出来事に遭遇した。結構痛い思いもしたけど、それによって自分にとってどういう存在であるのかということがよく分かる出来事だった。
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by whitefullmoon | 2009-02-24 21:38 | Comments(0)
 ヤフオクでルチルブレスがほしかったのだが、ついでに見ていたヒマラヤ水晶が安いのに結構いいのがあって、入札したらなんと落札してしまった。
 
 きっと私に縁がある水晶がくるんだろうなーと楽しみにしている。

 昨日も雨、今日も雨でしかも今日はとっても寒かった。黄色く見えるほど花粉が飛んでいる日よりも雨の日のほうが花粉症がひどくなるってどういうことなのだろう?と思う。日曜日はのどがいたいくらいだったけれど、昨日はくしゃみ、鼻水で、鼻の奥も痛かった。薬をのんでいるせいかそういう症状は軽減されたけれど、だるさやどういうわけか肩こりっぽい感じが続いている。
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by whitefullmoon | 2009-02-24 19:22 | Comments(0)

人は

 人の意見に左右されて、自分の信じたくないものに惑わされて生きるのはやめようと思う。

 自分の信じたいものを信じて、自分の気持ちに一番素直に正直に生きていこうと思う。でも、自分の思いの全てをそのままされけだしてしまったのであれば、正直かもしれないけれど周りの人を傷つけてしまう事だってありうる。そういうことはもちろん配慮するのは、人間関係を良好に保つ基本だと思う。思っていることと実際にしていることは違う。理性があるから人間はたとえ思ったとしても実際には行わない事だってたくさんあるし、逆にいいと思っていてやらないこともあると思う。

 実際にやらないようなことは思わないようにして、いいと思うことは実際にやっていくそういうことをしていっただけでも、随分人間は変わっていけるものかもしれないと思う。

 今日は雨なのに花粉症の症状が酷く出て、帰りがけに病院で薬をだしてもらったけれど5000円以上した。
飲んだらとっても眠い。
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by whitefullmoon | 2009-02-23 22:27 | Comments(0)

手作りお弁当

 知り合いの方がお弁当をもってきてくれた。これで二回目だ。一回目はご飯はなんと混ぜご飯のおいなりさんだった。今回は白胡麻をかけたご飯に、ピンク色をしたしょうがの漬物がそえられていた。
 小さい頃から台所でお母さんが料理するのをみて自然に自分もおぼえてしまったそうだ。だから極普通のおかずっぽい食べ物が大好きということだった。魚もどんどん自分でおろしてしまうといっていた。私は魚はほとんどおろしたことがない。その人とはそういう食べ物の話をしているときが楽しい。
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by whitefullmoon | 2009-02-22 16:52 | Comments(0)
 クンルンを二日続けて実践しないとあまりよくないような気がする。実践すればするほど本来の自分に近づいていけている気がする。というか、ただクンルンしてると心が静まっていっているような気がするだけなのだが。
 ミクシーを通し知った説によると、自分というのは自らを分けたものなのだそうだ。だから本来自分とは私でありあなたであり、彼でも彼女でもあるとになる。つまり自らが様々な体験をつんでみたいといくつにも分けた一つが私であるということなので、私は私であることの体験を通して、自らの自己実現を果たしていることになる。だからある意味誰も彼もが私であるとも言えるのだなあと思う。マイミクのアポ太さんの言っていた自分とは誰でもない。ってこういうことなんだろうか?と思う。
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by whitefullmoon | 2009-02-21 13:59 | Comments(0)
 それはむべなるかな。日本語は物事の様、そこから刺激を受けて動かされる人の気持ちや心を豊かに表現することがとってもしやすい言語であると思うので、多くの日本人は言葉によって自分の思いをつづったり、自分を表現したくなるのは納得がいく。他言語よりそういうことにむいている言語とは断言するには、私自身があまり多くの他言語に親しんでるわけではないがそう感じる。日本語に近い韓国語ではあんまり話し方に多様性がないように時代劇ドラマを見ている範囲では感じた。
 日本語がそういう言語であるからこそ、日本では日記文学や随筆が昔から多いんだろうと思う。しかもそれが、宮廷女官(なんか韓国ドラマぽい表現だけど)などがつづる枕草子などが残されていることも、古来からの日本人の文化程度の高さを表すものだと思う。何しろ枕草子って平安時代の紙がまだまだ貴重な頃に、主上(これは12国記ぽい言い方だけど)に才を認められて、何か書いてみるようにと下賜されたことがきっかけで書かれ始めたようなことを読んだ覚えがある。それで、枕草子にはそういう才能を認められた得意さなども文面にあふれているような気もする。一介の女官の才が女性の権力者に認められることはあっても、なかなか男性である皇帝に認められるなどということは他国では聞いたことがない。しかも清少納言に限らず、日記というものはかなり当時の貴族の女性の中では、紀貫之が「女もすなる日記」といっていることからもわかるように一般的だったのだと思う。また、それだけ自己の内面に心をはせることが出来るということは心に余裕がなければできることではない。そういう心の余裕を多くの人がもてる国ってやはり文化的な国なのだと思う。
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by whitefullmoon | 2009-02-21 11:48 | Comments(0)

白木蓮へ

春には 
たくさんの蝋燭の炎を
ともしたいから

                今はじっと青空の下

時折吹く風に
先端に芽をつけた
体をゆすらせて

                まっている木蓮

あなたの肩先に
よく見ると青く

                尾の長い
                鳥がとまっていたね
                晴れた日の
                冬の思い出
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by whitefullmoon | 2009-02-21 11:07 | Comments(0)

俳句は凄い!

百年の後は
その場所を知る人もない
そこでなされた苦悩も
今は平和のように静か

雑草が誇らしげに肩を並べ
ときおり道に迷った旅人が
もう遠い死者の
寂しげな墓碑の綴り字を探った

夏の野を過ぎる風だけが
この道を思い出す
本能が
記憶の落していった鍵を拾う

これはエミリーディキンソンの詩です。表現されていることはは芭蕉の俳句「夏草や つわものどもの 夢のあと」に近い気がするのですがいかがなものでしょう。
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by whitefullmoon | 2009-02-21 10:00 | Comments(0)

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