死と隣りあわせで生きること

今の日本ではは70年も80年も生きられるのが当たり前、死はあまりもかつての時代と比べ私達の生活に身近ではない、翻って縄文時代などではもちろん少し前の日本でも、誕生した子供が無事成長して成人まで生きられる率は今と比べ随分低かったと思う。死はあまりにも日常的で、命は常に奪われる危険性と隣りあわせであった。
 そういう環境で生きてきた人達の死生観は現代の人達とはかなり違っていたのではないか。死はもっと生に親しいものとして受け入れなければ耐え切れないものであったと思う。それゆえに死者の魂は山に登るが、また母の胎内に生をうけ生まれ変わってくるもの、また、それを願って竪穴式住居の入り口に幼い子のなきがらをつぼ入れて、伏せて埋める。などという習慣があったのではないかと思う。
 そしてまた、命がはかないものであると身にしみて理解されていた彼らだったからこそ、命を現代人よりもっともっと愛おしみ命あるものに畏敬の念をもって接していたのではないだろうか。彼らにとっては多分命の序列ということはなかったのではないかと思う。

 現代人である私達も本来は死と隣りあわせで生きているのだろうけれど、あまりそのことを実感する機会はほとんどないようなものだ。
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by whitefullmoon | 2005-10-26 20:13 | Comments(0)
o(・`_´・)ノ
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