日航機墜落事故

御巣鷹山に(本当は別の山らしいけど)大阪行きのJAL123便が墜落して23年目になるということで、ニュースなども報道していた。
 その頃私自身も結構つらい時期だったので、よく覚えている。

 でも、なぜ救出にあんなに時間がかかったのかなぁ?とあの当時でさえ疑問に思ったことを覚えている。やはり政治的に幕引きされた部分が多分にあるようだ。墜落してからの16時間というのは生存者がいなくなることを狙っていたのでは?と疑われるような部分も感じられる。後部隔壁破損が原因とは思われないような状況が生存者によって証言されてるし、可能であるはずの相模湾に沈んだ垂直尾翼の引き上げすらされていない。

 あの時非番の客室乗務員だった落合さんは私より二つほど年下だが、あの後確か退職されていたというようなニュースを聞いた覚えがある。何か口止めでもされていることでもあるのだろうと思う。

 タイタニック号の沈没も船が沈むというのにただぼぅっとしていて一人でも多くの生存者を残そうとする気のなさそうな船長が映画でも描かれていたが、あれもどう考えてもおかしい。タイタニック号には多額の保険金がかけられていたということを最近テレビのある番組で放送していた。
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by whitefullmoon | 2008-08-13 19:16 | Comments(0)